アルマティ⇒モスクワ(2003/03/26)
eawind
アロビナは早朝の4時に列車を降りた。今日もみんなから卵やパンなどをもらいながら、食事をする。昼前にウラリスクにつくと、おじさんが僕らのコンパートメントに乗ってくる。彼は年が37歳でちょうど自分より10歳上である。名前をアレクセイといって、ナバロフ近くに用事があっていくそうである。マガジン(ロシア語で売店のこと。小さなコンビニエンスストアみたい。)で働いているそうで、一人のお子さんがいるそうだ。彼がとても陽気なひとで、且つとても親切である。昼食の時間になると、肉やパン、お菓子、お茶をくれて、途中の駅でビールをおごってくれた。
お昼を過ぎて、2時くらいに国境に到達する。実際にはこの列車は一度ロシアに入境している。どういうことかというと、カザフからアルビナの降りたオレヌルグに入る。ここはロシアである。そのあと、アレクセイの乗ってきたウラリスクに到着する。ここは再びカザフスタンである。その後、ロシアの車内検問が行われ本格的にロシアに入る。
ロシアの検問の前に、タバコを吸いに(このころ止めていたタバコをまた吸い始めた)列車の継ぎ目に行ったら、タジク人が天井を空けて大きなバッグを取り出している。ボールジャンが言うには中に麻薬が入っているらしい。おそらく検問前の駅で降ろしたのだろう。検問につくとロシア国境警備隊による大掛かりな検問が始まる。それでもこれでは取り締まりきれないだろうというほどのものであった。いっそのこと、全員列車から降ろして、麻薬犬を入れて捜査したほうがいいと思った。それでもタジク人の何人かは、麻薬を所持していたのかわからないが、捕まっていた。検問では1時間半ほど停車していた。そのあとウズベク人は自分の目の前でほんとに麻薬を飲んで見せた。この列車は麻薬列車である。
列車は順調にロシア領内を走行し始めた。アレクセイとタバコを吸いに行って、そのときにアルマティで買ったスイス製のアーミーナイフを見せたら、彼が欲しがったので、買値の80%の値段で売ってあげた。いろいろ面白い話をしてもらったり、昼食やビールをご馳走になったのでいい思い出をもらっていたし、ロシアルーブルを持っていなかったのでちょうど良かった。アレクセイは日が暮れる前に降りて行った。ティムールが出会った記念にと、カザフスタン独立10周年の記念バッジをプレゼントしてくれて、お返しに取り立ててプレゼントできるものがなかったが、あまっていた中国元を一枚プレゼントした(日本円を持っていればよかったけれど)。
日が沈み、あたりが暗くなった頃、とても大きなボルガ川を渡りナバロフに到着する。ボルガ川は中国で見た長江並みに大きな川だった。ナバロフではコンパートメントに一人のおばさんが乗ってきた。息子さんがモスクワの学校に来ているそうで、彼を訪ねて行くのだそうだ。彼女自身は医者なのだという。